動物取扱業における犬猫の飼養管理基準は令和3年6月1日に施行され、以下の動物の愛護及び管理に関する法律の法令を根拠に動物取扱業者に対して適正化が図られています。
動物の愛護及び管理に関する法律https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=348AC1000000105
(基準遵守義務)
第二十一条 第一種動物取扱業者は、動物の健康及び安全を保持するとともに、生活環境の保全上の支障が生ずることを防止するため、その取り扱う動物の管理の方法等に関し環境省令で定める基準を遵守しなければならない。2 前項の基準は、動物の愛護及び適正な飼養の観点を踏まえつつ、動物の種類、習性、出生後経過した期間等を考慮して、次に掲げる事項について定めるものとする。
一 飼養施設の管理、飼養施設に備える設備の構造及び規模並びに当該設備の管理に関する事項
二 動物の飼養又は保管に従事する従業者の員数に関する事項
三 動物の飼養又は保管をする環境の管理に関する事項
四 動物の疾病等に係る措置に関する事項
五 動物の展示又は輸送の方法に関する事項
六 動物を繁殖の用に供することができる回数、繁殖の用に供することができる動物の選定その他の動物の繁殖の方法に関する事項
七 その他動物の愛護及び適正な飼養に関し必要な事項3 犬猫等販売業者に係る第一項の基準は、できる限り具体的なものでなければならない。
4 都道府県又は指定都市は、動物の健康及び安全を保持するとともに、生活環境の保全上の支障が生ずることを防止するため、その自然的、社会的条件から判断して必要があると認めるときは、条例で、第一項の基準に代えて第一種動物取扱業者が遵守すべき基準を定めることができる。
第二十一条のうち、第2項及び第3項が法改正で追加されたものになり、基準はできる限り具体的なものとされました。犬猫の飼養管理基準の資料は『具体的なもの』を記したものであり、この基準を元に悪質な事業者に対しては自治体がレッドカードを出せるようになりました。
※資料は、環境省のホームページ「動物の愛護と適切な管理」の飼養管理基準について(令和3年6月1日施行)のページで閲覧することができます。https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/nt_r030601.html
さて、資料の内容をご覧になるとわかりますが、基準となる数値や仕様、要件といった部分がかなり細かく決められています。この基準のうち、繁殖業者やペットショップで大きく関わる部分は、
- 飼養施設・設備(ケージ等)
- 従業員数
- 展示又は輸送の方法
- 繁殖回数
- その他動物の愛護及び適正な飼養に関し必要な事項
この辺り。衛生管理や病気や怪我などの措置を含めれば全てが関わると言っても差し支えないかもしれませんが、この辺りは従前の法律でも具体的な数値基準は作られることこそありませんでしたが、現場の判断で動物虐待やネグレクトと見られる状態の飼養は、指導や勧告、是正措置が取られてきたと思います。また、その他動物の愛護及び適正な飼養に関し必要な事項については、文言だけ見ると具体性に欠けふわっとした項目に思えてしまいますが、内容を見ても繁殖業者やペットショップが本当に基準を守ることが出来ているのか疑問を感じる部分であったりします。
本記事では、動物取扱業における犬猫の飼養管理基準の資料を確認し、基準値や要件から特にハードルが高いものや基準内容の疑問点について考察しました。
※記事作成に際し、近隣のペットショップを2件見てまわっています。どちらもショッピングモール内のペットショップであり健全な運営をされている店舗だったと考えております。
▼目次
- ケージの広さは繁殖業者が守れているか
- 従業員数の曖昧さ、接客と飼養管理業務は混在する
- 1頭当たりの平均作業時間はナンセンス
- 6時間以上の連続展示の禁止は守られているのか?
- 1日3時間以上の運動や人とのふれあいは?
- 繁殖は親犬、親猫を偽れる可能性
ケージの広さは繁殖業者が守れているか
ケージの広さは、ケージ飼育と平飼いで分けられています。
ケージ飼育のケージの広さ
犬 | タテ体長の2倍×ヨコ体長の1.5倍×高さ体高の2倍 |
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猫 | タテ体長の2倍×ヨコ体長の1.5倍×高さ体高の3倍(棚を設け2段以上の構造とする) |
またケージ飼育の場合は、運動スペースも必要とされます。運動スペースは、平飼いの基準と同じ広さです。
平飼いとケージ飼育の運動スペースの広さ
犬 | 分離型のケージサイズの床面積の6倍×高さ体高の2倍複数飼養する場合は、分離型のケージサイズの3倍×頭数分の床面積を確保 |
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猫 | 分離型のケージサイズの床面積の2倍×高さ体高の4倍(2つ以上の棚を設け3段以上の構造とする)複数飼養する場合は、分離型のケージサイズ×頭数分の床面積を確保 |
記載の内容やイメージ図だけでは広いのか狭いのか今一つ分かりにくいのですが、ペットショップで展示されているケースの広さで言えば余裕をもって基準をクリアされていると思います。例えば、上のイメージ図の犬の体長が30cmの場合では、縦横のサイズが「60cm×45cm」とされています。このサイズは小学校で使われる机の天板と同じくらいです(一般的な新JIS規格の天板が65cm×45cm)。さほど広くないのがわかると思います。他にもウサギ用のケージが同等くらいのサイズです。子犬や子猫を想定したとしてもかなりコンパクトなサイズであるのが分かると思います。
この広さで言えば、街中で見られるペットショップで満たしていないことはまずなく、私が確認したペットショップではこれよりずっと広い90cm×60cm程度の広さのボックスで展示されていたと思います。ケージの広さの確保が困難なケースがあるとすれば、ゴールデンレトリバーなど大きなサイズの成犬はあるかもしれませんが、この場合でも縦横150cm×60cmもあれば基準をクリアできます。悪質な業者などの劣悪な飼育環境でもない限りはクリアされている基準と思われます。
また、平飼いと運動スペースの広さについても犬で床面積の6倍×高さ体高の2倍、猫で床面積の2倍×高さ体高の4倍とあります。上のイメージ図では犬の体長30cmが1~2頭だと「180cm×90cm」。これがどの程度の広さかと言えば、畳一枚分と同じくらいのサイズです。バックヤードに一区画(小部屋やフェンスで囲ったスペース)を設けられるスペースさえあれば広さの確保はさほど難しくはないでしょう。加えて運動スペースは交代利用も可能なため販売用の犬30頭、同じサイズ(体長30cm)を飼養している場合は、最小スペースで畳5枚分程度の広さを確保できれば基準がクリアできます。(3交代まで許容されている)
おそらくですが、飼養施設・設備(ケージ等)の基準はペットショップより繁殖業者に向けてのものであり、この程度の基準をクリアできない業者が散見された経緯もあってのことと考えられます。
こうした基準は、問題のある飼養に見えてもこれまでは明確なものがなかった為、行政も踏み込んだ対応が難しかった部分にメスが入ったとも考えられます。
従業員数の曖昧さ、接客と飼養管理業務は混在する
従業員数もかなり細かく基準値が設定されています。
犬 | 1人当たり繁殖犬15頭、販売犬等20頭まで |
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猫 | 1人当たり繁殖猫25頭、販売猫等30頭まで |
※親と同居している子犬・子猫は頭数に含めない
さらに、1日8時間労働を標準として1人当たりが飼養管理できる頭数を算出しています。加えて、非常勤(パートやアルバイト)の場合は、勤務時間が非常勤者の合計で一週間40時間を満たない場合、切り捨てです。飼養管理できる従業員数としてカウントできない計算方法となっています。(資料上の例では、2名の非常勤が一週間に72時間勤務した場合、72時間÷40時間=1.8人となるが小数点切り捨てのため飼養管理の員数としては、1名となっている)
かなり厳密な基準値だとは思いますが、ペットショップの業務で考えると接客業務と飼養管理業務は混在し、どちらもこなす従業員もおられると思います。このケースは従業員数に含めることができ、従業員数に含めることができないのは接客のみに従事している販売員です。兼務していれば含めることができます。
極端な話をすれば、勤務時間内(フルタイム)の10分でも飼養管理業務を行っていれば、従業員数を1名とすることができます。10分で販売犬20頭(もしくは猫30頭)のお世話をすることは現実的ではないと思いますが、飼養管理基準上では条件をクリアしていることになってしまいます。
1頭当たりの平均作業時間はナンセンス
参照元資料 -> https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/tekisei.html
上記の表は、従業員1人当たり何頭の管理が可能かの根拠や考え方を示したものです。大まかに考えると1頭当たり20分~30分程度の作業時間を考えられています。
捉え方は人それぞれだと思いますが、ずいぶんタイトな時間だと感じられる方も多いでしょう。犬の飼い主からすれば散歩の時間だけで足りないくらいだと思われるかもしれません。また、手のかかる個体や犬猫の大きさによっても作業時間は変わってくるかもしれません。例えば同じブラッシングをしてあげるにしても体の大きな子と小さな子ではかかる時間も変わってくるでしょう。新人とベテランスタッフでも作業時間は変わります。他にも将来的にはAIやロボットの活用により人が関わる作業に変化があるかもしれません。
1人当たりの管理頭数を算出するために無理くり捻り出したような作業時間に感じてしまうのですが、1頭当たりの平均作業時間を算出することに本当に意味があるのでしょうか?
6時間以上の連続展示の禁止は守られているのか?
ペットショップで犬猫を展示販売する場合、「休息できる設備に自由に移動できる状態」を確保するか「休息時間を設ける」ことが義務付けられました。休息できる設備に自由に移動できる状態が確保できない場合は、6時間を超えるごとに人目を避け隠れられるような環境で休息が必要です。また、展示のケースをカーテン等で覆っただけではNGとされています。
街中でよく見られるペットショップの営業時間は、11時から20時前後が多いと思います。この場合の営業時間は9時間です。多くのペットショップはガラスに覆われたボックス型のケースで展示をされていると思いますが、休息できる設備に自由に移動できる状態で展示はされていないと思います。(猫カフェなどでは自由に移動できる状態を確保されているかもしれませんが、ペットショップではあまり見られないと思います)
このため6時間を超えるごとに30分から1時間程度の休息時間が必要になりますが、これが守られているのか?
これを確かめるにはペットショップの店内にずーっと滞在していれば分かるのかもしれませんが、さすがに怪しい人だと思われてしまうのでできません。ただ、2店舗を何度か立ち寄った際は、展示用のボックスに犬猫が不在のことはなかったと思います。(見落としていたとしても一つくらいだと思います)少なくても交代で休ませているような感じは見受けられませんでしたが、店舗の対応によるとしても実態はグレーな感じだったとしてもおかしくないと思っています。
さらに、グレーと表現したもう一つの理由は、自治体の立入検査があったとしても休息時間がきちんと設けられているかは確認が難しいからです。環境省の資料上でも『休息できる設備に自由に移動できる状態が確保されているか、若しくは展示を行わないための休憩場所が使用できる状態で管理されているかといった状況から確認することを想定』といった内容です。この確認内容では本当に休息時間が設けられているかの判別はできないでしょう。
1日3時間以上の運動や人とのふれあいは?
閉じ込め型の飼養を防ぐ目的として、ケージ飼育する場合には1日3時間以上の運動が義務付けられています。具体的には、基準を満たす広さの運動スペースで1日3時間以上運動させる必要があります。
では、1日3時間以上の運動が守られているのかを考えると、通常のペットショップであれば営業終了後はバックヤードの休憩場所などに移動させていると思われます。展示用のボックスやケージの清掃とメンテナンス、夜の寝泊まりのために移動させていると思いますが、バックヤードの休憩場所の広さが基準を満たすものであれば、そこに移動して自由にさせておくだけでクリアです。通常のペットショップであれば一般的な業務の一部だと思います。
一方で、人とのふれあいを考えるとそれこそ繁殖業者やペットショップの塩梅によるでしょう。毎日行うことを義務付けられていますが、販売用の猫であれば従業員1名あたり最大30頭まで飼養管理を可能としています。どの程度人とのふれあいが出来ているのかは疑問ですが最低限になってしまっていても不思議ではないと思います。
なお、飼養管理基準の資料には人とのふれあいの例として、体を優しくなでる・さわるなどのハンドリングや、ボール・ぬいぐるみ・猫じゃらし等の遊具を用いて犬猫と触れ合う活動等があげられています。
繁殖は親犬、親猫を偽れる可能性
繁殖に関しても回数や年齢の制限が設けられていますが、現状の運用だと抜け道はあると思われます。
例えば、産まれた子犬や子猫の親がどの親犬か親猫かは、獣医師が出産に立ち会わなければ繁殖業者にしか分からない情報でしょう。もちろん、血統書付きの犬猫は問題ないと考えていいのかもしれませんが、血統種以外のMIX犬、MIX猫には血統書が付かないことがあります。繁殖業者による自己申告となれば生年月日どころか親犬や親猫、産まれた個体の数もわかりません。悪質な業者であれば、繁殖を引退させた犬猫(年齢制限を超えた個体)に産ませて、別の繁殖犬猫から産まれたことにしたり、同時期に産まれた子犬や子猫に混ぜ込むことが可能かもしれません。
※DNA鑑定を行えば血縁関係は判明するかもしれませんが、純血種など厳密な管理をされている個体以外のMIX犬などはそこまでしませんし、義務付けられているということもありません。
飼養管理基準では、繁殖実施状況記録台帳の記帳と5年間の保存が必要ですが、情報の確実性の点では心許さがあります。繁殖業者の性善説で成り立っている部分が大きいです。だからと言っていいかわかりませんが、直近でも繁殖業者の出生日の偽装は環境省の立入検査で帳簿の不備などの法令違反が確認されています。(2024年2月15日環境省報道資料「ペットオークション・ブリーダーへの一斉調査結果について」 -> https://www.env.go.jp/press/press_02760.html)
以上になります。動物取扱業における犬猫の飼養管理基準は、かなり厳密に数値基準が設定されました。ただし、この内容が本当に正しいものであるかは不透明な部分があると思います。例えば6時間以上の連続展示はNGで、30分なり1時間なり休憩させれば基準はクリアできます。運動時間も1日3時間以上とされていますが、短いと感じられる方もいると思うし、自由な時間に休憩や運動ができないことが良くないと思う方もいると思います。(犬や猫だって運動したくない時もあります。運動時間を決められてしまい3時間ぶっつづけで運動しろと言われても困ります)また、人が犬猫を飼養する上で必要なことを基準化されていますが、犬同士、猫同士の関わり合いについてはほとんど記載がありません。犬も猫も社会性のある動物だと思いますが、動物の立場は配慮が不足していると感じてしまいます。動物取扱業でどこまでやるべきかという話ですが、手をかけてあげればあげる程、生体の価格に影響があるでしょう。飼い主(消費者)がどこまで許容できるかの問題もありますので、単純に動物のためだけを考えて基準を設けるのはかなり難しいのだと思います。