多頭飼育崩壊の問題点の整理と考察

 多頭飼育の問題は、動物の衛生面、健康状態のみならず、飼い主自身の生活の悪化や周辺の生活環境の悪影響など様々な問題を引き起こすため、社会問題としても注目されております。

近年関心が高まる中、自治体でも対応に苦慮されるケースが多く、行政でも以前より対策の検討が行われてきました。

では、どの程度の苦情が寄せられているかというと、環境省が全国の自治体を対象に多頭飼育の苦情状況を調べた結果が以下の通りです。

平成28年度(2016年):総件数 2,162件
平成30年度(2018年):総件数 2,149件

※1世帯に対して苦情が複数寄せられた場合は、苦情の原因となっている世帯を1件と算定。

上記の通り、同じ世帯への苦情を1件として算定していることを考えると、問題が生じている多頭飼育者の数が同数程度いると考えていいのかもしれません。
また、平成28年と平成30年で苦情数の増減はほぼありませんが、日々苦情対応をされている中で苦情数が減らないということは、問題解決した数と同程度の苦情が新たに発生していたり、問題が長期化して解決されない状態が続いているケースが多いとも考えられます。

多頭飼育の問題は、関係者が多岐に渡ります。多数の動物、飼い主、近隣住民、対応される職員なども含めると問題が長期化すればするほど関係者の疲弊にもつながっていると思われます。

本記事では、ニュース等で取り上げられた多頭飼育問題、環境省による多頭飼育に関するアンケート調査報告書および、多頭飼育対策ガイドラインを参照し、問題点を整理し考察しました。

▼目次

  1. 多頭飼育崩壊のフローチャート
  2. 多頭飼育崩壊の事例一覧
  3. どのような飼い主が多頭飼育崩壊に陥るか
    1. 高齢者
    2. 単身世帯
    3. 一戸建て
    4. 経済的困窮者
    5. 動物への愛着
    6. 動物の飼育状況
    7. ブリーダーや動物愛護団体
    8. 問題解決能力
  4. 多頭飼育崩壊の問題点
    1. 自治体・行政の考え「殺処分の削減を妨げている」
    2. 保護活動の負担
    3. 動物を引き取った後の問題
  5. 救出された犬猫はその後どうなるのか
  6. 行政の対応の難しさ

多頭飼育崩壊のフローチャート

多頭飼育崩壊に至る流れは様々な要因が絡み合いますが、大枠で捉えると以下のような流れと言えると思います。


オスメス2匹以上の多頭飼い -> 不妊去勢手術していない・しない・できない

1年以内に子猫が産まれた・頭数が増えている -> 譲渡は考えていない -> 頭数を把握していない

増えすぎて困っている -> 飼育環境が悪化している -> 誰にも相談していない

飼い主による第三者への相談・第三者の発見・近隣住民の通報

多頭飼育崩壊 または、飼育放棄・遺棄


オスメス2匹以上の多頭飼いでも飼育場所を分けて管理できれば増えません。ですが、1匹でもメス猫が放し飼いにされていれば、外で繁殖の機会があり得ます。

飼育環境の悪化や動物の健康状態の悪化も、飼い主が気にしなければわかりません。または、気付いていても誰にも相談しなければ発見が遅れます。

多頭飼育の問題を探知するには、飼い主自身が誰かに相談をするか、第三者が発見するか、周辺環境の悪化に伴う近隣住民の通報が必要になります。

いずれにせよ、崩壊とも言える状況の前に何等かの対処ができれば問題を防げるのだと思いますが、実態としては飼育状態の悪化が露見してからの対応になるため、解決が難しいケースが多いのだと思います。

以下では、多頭飼育崩壊でニュースに取り上げられた事例を見てみます。

多頭飼育崩壊の事例一覧

以下は、ネット上のニュース記事で見られた事例になります。
抽出の方法は、Googleのニュース内でキーワード「多頭飼育」で検索をかけました。この絞り込みだと約13,000件ヒットしますので、さらに直近の1年分で絞り、記事を閲覧し多頭飼育崩壊の事例を抽出しました。(重複除く・発生日が曖昧なもの除く)

日付 地域 性別年齢 動物 頭数
2020/03 兵庫県尼崎市 母子 60頭以上
足の踏み場もない室内には糞尿が堆積しする劣悪な環境下に置かれた猫達を保護した。
2021/05 秋田県三種町 高齢男性 36頭
一人暮らしの高齢男性が亡くなり、自宅に残された猫36匹が保護。いずれも病気や攻撃性があるなどとして譲渡はできないと判断され、殺処分に至った。
2021/05 静岡県富士市 女性 85頭
子犬85匹を劣悪な環境で飼育し虐待したとして女性が摘発された。
2021/11 神奈川県 女性(53) 8頭
犬の世話が難しくなった神奈川県内の女性(53)から動物保護団体が8匹の犬を保護した。
2021/11 長野県松本市 男性(61) 452頭
劣悪な環境で何百匹もの犬を飼育し虐待した犬販売業者の元社長が逮捕され、その後、起訴された。
2021/12 長野県東御市 高齢夫婦 122頭
高齢夫婦が暮らす一軒家から122匹もの犬が劣悪な環境で飼われていることが発覚、動物愛護団体が保護。
2022/02 滋賀県 不明 ウサギ 約40羽
負傷や病気など健康なウサギはほぼおらず、雌ウサギはほとんど妊娠していた。現場は糞尿と異臭で劣悪な環境だった。
2022/02 秋田県藤里町 女性(60) 11頭
住宅で多数の犬が放し飼いにされている問題で、県警は28日、動物愛護法違反などの疑いで住宅などを捜索し、飼育されていた犬十数匹を捕獲した。
2022/03 千葉県八街市 60代女性 221頭
221頭の犬を劣悪な環境で飼育し衰弱させるなど虐待した。
2022/03 秋田県藤里町 女性 56頭
県警が今年3月に飼い主の女性を動物愛護法違反容疑で逮捕した。
2022/04 千葉県松戸市 男性(54) 18頭
松戸市の自宅に犬18匹を密度の高い状態で閉じ込め、劣悪な環境で飼うなどした虐待の疑い。
2022/04/15 和歌山市 高齢男性 約27頭
飼い主の男性が突然死。娘が片付けに実家へ赴いたところ、多頭飼育崩壊が発覚。
2022/05 和歌山県白浜町 男(42・80) 56頭
劣悪な環境で犬を飼育して虐待したとして、犬の繁殖・販売業者で和歌山県白浜町の男(42)と父親(80)を、動物愛護法違反(虐待)容疑で逮捕。
2022/06 宮城県 80代男性 35頭
一軒家に住んでいた80代の男性が家賃を払えず、立ち退きした後の部屋の中に多数の猫が取り残されていた。
2022/06 京都府八幡市 女性(55) 犬猫 26頭
犬猫保護の「神ボランティア」として知られていた京都府八幡市の女性によるネグレクト、動物虐待。高裁による約12万9千円の支払い命令。
2022/06 岩手県奥州市 不明 犬猫他 300頭以上
ペットショップで管理者と連絡が取れないまま猫や犬など300匹以上が取り残され、自治体に保護された。
2022/06 山口県周南市 不明 24頭
賃貸物件で猫の多頭飼育崩壊が起き、部屋に残された24匹の猫を保護した。
2022/07 鹿児島県日置市 90代女性 20頭以上
女性は数十年前から自宅で猫数匹を飼っていたが、現在では20匹以上に増え、近所でふん尿や猫同士のけんかなどが問題になっていた。
2022/07 長野県松本市 60代男性 40頭以上
飼い主の1人暮らしの60代男性は、6月に病気で亡くなり、誰も世話をしていない状態で見つかった。
2022/08 神奈川県 30代夫婦 ウサギ 約210羽
飼い主からの相談を受けて8月上旬に、200羽を超えるウサギが保護された。
2022/08 兵庫県神戸市 不明 34頭
段ボール箱に詰め込まれた猫34匹が見つかった。
2022/09/07 群馬県 69歳男性 約30頭
病気やけがをしている犬に適切な保護を行っていなかったほか、犬の死体を放置した状態で飼育を続けていた疑い。

計22件。年齢、性別、動物の種類、頭数を集計すると以下になります。

年齢

30代以下

40代 50代 60代以上 不明
1 1 3 11 7

※上記の合計数は23になりますが、和歌山県白浜町のケースで男性(42)とその父(80)によるため。それぞれに計上しています。

性別

男性

女性 男女(夫婦) 不明
8 8 2 4

動物の種類

犬猫混在 ウサギ
10 8 2 2

頭数

10匹未満

50匹未満 100匹未満 100匹超
1 12 4 5

※頭数に関しては、問題発覚時に把握できた頭数で報道されているため、事件発覚までに亡くなってしまった動物の頭数までは正確に把握できていないと思われます。

どのような飼い主が多頭飼育崩壊に陥るか

前述の事例でも少なからず傾向が見られますが、サンプル数が少なく、報道されるくらいの大きな問題のみが対象となると考えられ、偏りもありそうです。
傾向を見てとるにはもう少し幅広い情報が必要だと思いましたので、環境省が全国の自治体に対して行った多頭飼育に関するアンケート調査報告書(令和元年度)から見ることにしました。

令和元年度 社会福祉施策と連携した多頭飼育対策推進事業 アンケート調査報告書(単純集計・クロス集計)【概要版】
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/renkei/r01_04/mat02_2.pdf

※都道府県(47※政令市、中核市を除く)、政令市(20)、中核市(58)の計125自治体が回答しています。
※以下で使用したグラフは、上記環境省資料より引用しています。

高齢者

グラフの画像

多頭飼育をされている飼い主の年齢は、60代以上が「56.1%」と半数以上。また、50代(18.7%)であり、50代以降が多くを占めるようです。
なお、性別の集計では、「女性」(56.4%)「男性」(42.3%)であり、女性の方がやや多い結果でした。

多頭飼育は、高齢者が多いイメージがありましたが、調査結果でも明らかでした。
多頭飼育するには、世話をする時間も多くかかりますので時間に余裕がないと難しいと思います。働き世代、子育て世代に少ないのは時間の余裕と関係しているのかもしれません。

単身世帯

グラフの画像

単身世帯が最も多い「45.7%」(同居者なし)。

単身者が孤独な寂しさを埋めるために動物を飼いはじめることはよくあることでしょう。加えて、家族と疎遠であったり、社会から孤立しているなどの理由もあるかもしれません。
多頭飼育に至る経緯は様々あると思いますが、傾向として単身世帯が多いのは確かなようです。

一戸建て

グラフの画像

持ち家(戸建)が「60.0%
戸建てに限れば、借家の「16.6%」を加えて「76.6%

多頭飼育するには、一定の飼育スペースが必要となるため、当然と言えば当然の結果と言えると思います。
また、賃貸の場合は悪臭や鳴き声で近隣に気付かれやすく、大家や管理会社の対応も早いと考えられるので少ないのものと考えられます。

経済的困窮者

グラフの画像

経済的に困窮している(いた)のは、53.7%(あてはまる+ややあてはまる)であり、半数以上。
また、生活保護受給者の割合は、同資料によると以下の通りになります。

『生活が困窮状態にある飼育者は全体の約 5 割であり、「図 2-15 多頭飼育者の生活保護の受給の状況」により生活保護の受給者は全体の 2 割程度であることから、困窮状態にある人のうち 4 割が生活保護受給者ということになる。』

動物を飼育するためにお金が必要なのは誰もが理解していると思いますし、複数の動物を飼うなら経済的余裕がなければ難しいです。それなのに、多頭飼育をされる方の半数以上が経済的に困窮している状況というのはおかしな話だと思います。

経済的余裕より動物を飼育することを優先したか、飼育するうちに数を増やしてしまい困窮に陥ったか、困窮しようがしまいがたくさんの動物を飼いたい欲求を優先したかは定かではありません。

推察するに、何等かの仕事に携わり安定した給与所得がある場合、困窮している人は少ないと思います。また、働いている多くの方は、職場に行き仕事をするため家を留守にされる時間が多いでしょう。働いていれば経済的に困窮される割合が少なくなり、動物の面倒を見る時間が限られます。このため、多頭飼育する経済的余裕があっても時間がなくてしない・できないことが考えられます。
一方で、働いていなければ時間に余裕がある人が増え、働いてないから経済的に困窮する割合も増えるとも言えます。その結果、多頭飼育される方に経済的に困窮する割合が多いということなのかもしれません。

動物への愛着

グラフの画像

上記は、動物とのかかわりの特徴の一部抜粋したもの。(他項目に、殺処分・支配欲・愛護活動・繁殖業に関するものがある)
特に、動物への愛着や執着ともいえる項目になります。(パーセンテージは、あてはまる及び、ややあてはまるの割合)

60.8%:動物への過度の愛着を持っている(いた)
51.7%:動物の所有権を放棄しようとしない(しなかった)

動物への過度の愛着を持っているから、たとえ不適切な飼育環境に陥ったとしても、動物の所有権を放棄しないという相関関係とも言えると思います。

また、調査標題にある通り「ホーダー気質の有無等」を見る項目でもあります。
ホーダーとは別名「ためこみ症」とも言われ、ごみ屋敷などに見られるゴミを溜め込んでしまい、捨てられない状態。昨今では精神疾患として捉えられております。

しかし、なにかしら収集するという意味では誰しもがされる可能性があり、洋服や靴、帽子を集めたり、トレーディングカードやフィギュアを集める人もいるでしょう。好きな物を集めるということは誰しもが持っている欲求とも言えるかもしれませんが、ホーダーとの違いは、コントロールできるかという点だと思います。
経済的に余裕がないのに買い続けたり、借金をしてまで買い集めるとなると過剰な欲求と言わざるを得ないと思います。

動物も同様に、面倒を見切れないのに飼育を続けたり、増やしたり、飼育環境が悪化しても動物を手放さない状況は、アニマルホーダーと言われても仕方ないと思います。

一方、報告書には以下のような内容も寄せられています。

『病気になれば病院に連れて行き、動物が死ぬと嘆き悲しむが、疾病の予防には無関心という報告』
『愛着を示しつつ飼育していても、動物がいなくなっても探す気配がないという報告』

動物への愛着と一貫性に欠ける考え方や飼育状態の乖離を指摘する報告がありました。

動物の飼育状況

グラフの画像

上記は、あてはまる・ややあてはまる の回答で、過半数を超えていたものの三つ。(この他、動物の増加・狭いケージの収容・室内の置き去り・栄養状態の項目がある)
不妊去勢手術を行わないから繁殖機会があり、家屋内・敷地内でも放し飼いをしていれば繁殖が自由です。加えて、適切に管理できる動物の数を超えてしまっているから糞尿を片付けられない状況に陥っているということでしょう。

単純な話、飼育状況が総じて悪いということだと考えられます。

ブリーダーや動物愛護団体

多頭飼育崩壊は、個人の飼い主に限らず、ブリーダーやペットショップ、動物愛護団体でも起こり得ます。

ブリーダーやペットショップなど営利目的であれば、過度な利益追求により管理頭数のキャパシティを超えることもあります。
また、動物愛護団体でも動物に寄り添わず、独善的な保護を行い続ければ世話も治療もままなりません。周囲の励ましの声や称賛を得るだけの活動になってしまっては元も子もないでしょう。加えて、寄付金目当てであるとすればなおさらです。

また、ブリーダーやペットショップ、動物愛護団体では管理頭数が多い場合があります。
適切に扱える管理者や担当者がいる間は問題が起きませんが、管理者や担当者が亡くなってしまったり病気で従事できなくなった後に問題が起こるケースがあるようです。動物の管理を引き継いだ人に管理能力がなければ、多頭飼育崩壊と思われる状況に陥ってもおかしくないということです。

なお、行政の動物愛護センターや保健所などでは、多頭飼育崩壊は起こりません。
管理頭数のキャパシティを超えた場合、殺処分にできるからです。

問題解決能力

基本的に、繁殖機会がなければ動物が増えることはありません。不妊去勢手術をしなくても一頭のみの室内飼いであれば逸走などしない限りは繁殖の機会はありません。また、オスメスの多頭飼いであっても飼育環境を分ければ繁殖しません。こうした飼育方法が難しければ不妊去勢手術を行うことで増えることはなくなります。
誰でも理解できることのはずですが、それでも起きてしまうのは、通常の理解の範疇ではないからなのかもしれません。

  • 動物の生態に関する知識が不十分。
  • 動物が増えてしまった時の対処ができない。
  • お金もない。
  • 自由にさせることが動物の為だと思い込んでいる。

仮に動物の知識がなく、安易に増やしてしまったとしても譲渡をする、今後増えないように対処するなどできれば、問題は避けられます。
また、お金がなければ動物を飼うことはできませんが、それを理解していれば飼わないし、増やさないし、増やさないように不妊去勢手術を行います。
こうした対応が取れれば問題が起こることはないと思いますので、動物の知識がなくても問題解決能力さえあれば起こらないと言えるかもしれません。もしくは、身近に助言してくれる方がいれば同様です。

もし、問題解決能力があっても起こるとすると、不妊去勢手術を頑なに拒否する飼い主、猫は放し飼いするものと思い込む飼い主、繁殖して増えすぎてしまっても手離す考えを持たない飼い主。強い信念や感情といった部分は、動物を増やしてしまう原因の一つとして環境省の資料でも取り上げられております。

多頭飼育崩壊の問題点

環境省が公表されているガイドライン「人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン」では、以下の三つを問題点として取り上げております。

  • 飼い主の生活状況の悪化
  • 動物の状態の悪化
  • 周辺の生活環境の悪化

おおまかな内容としては、飼い主の衛生状態、健康面の問題。動物の健康や社会性の問題。悪臭や騒音、逸走などによる近隣住民の生活への影響。こうしたことが挙げられ、飼い主や動物に限らず、近隣住民を巻き込んだ悪影響を及ぼすことも考えられ、影響範囲が大きくなることが指摘されております。
なお、詳しい内容は以下で見ることができますのでご参照ください。

環境省「人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン」
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/pamph/r0303a.html

多頭飼育の問題は、上記で指摘された点に集約されていると思いますが、もう少し別の視点でも見てみます。

自治体・行政の考え「殺処分の削減を妨げている」

多頭飼育崩壊は、自治体の殺処分削減、殺処分ゼロの目標の妨げになっています。

不適切な多頭飼育に起因する問題(以下、「多頭飼育問題」という。)が、地方自治体における殺処分削減の取組を大きく妨げていることが明らかになりました。

上記は、環境省による多頭飼育対策ガイドラインの冒頭で記載されている内容です。
『動物の命を脅かしている』といったニュアンスではなく、「殺処分削減の取組を大きく妨げている」とするところが行政らしいと言えるかもしれません。

それでは、なぜ殺処分削減の妨げになるかというと、以下のようなことがあるためです。

  • 保健所や動物愛護センターの収容可能頭数に限りがあること
  • 動物の健康状態が悪い場合があること
  • 人馴れしておらず攻撃性が見られるケースがあること
  • 老犬老猫であること

飼い主から動物達を保護するにも保健所や動物愛護センターでの収容頭数や面倒を見るスタッフの数にも限度があります。全て受け入れて面倒を見続けることができればいいかもしれませんが現実問題それは難しいです。
また、多頭飼育崩壊の現場に取り残された動物達は、栄養不足、感染症の疑い、近親交配による先天的問題を抱えている場合があります。回復の見込みがなければ、殺処分もやむを得ないということです。
さらに、飼い主から躾をされていない動物は、譲渡をする前に人馴れする必要も出てきます。特に犬の場合は、人に対して吠える・噛み付くなど危険性が見られる場合は、譲渡が難しく殺処分されてしまうケースがあります。
老犬老猫も譲渡をしようにも難しい場合が多いでしょう。

こうしたことがあるため、多頭飼育の問題が自治体の殺処分削減の取組みを大きく妨げているとしています。

保護活動の負担

多頭飼育崩壊の現場から動物愛護団体(や動物病院)が動物達を保護してくださることもありますが、数によっては負担も大きいです。

飼育スペースの確保、治療や餌に必要なお金、面倒を見るスタッフの労力。

これらは保護してからの負担になりますが、保護するまでには飼い主との対応(説得や金銭面の調整)で骨が折れることもありそうです。

動物愛護団体は、動物愛護に関する様々な活動をされています。多頭飼育問題における動物の保護はその一部です。しかし、一度に多くの動物の保護をせざる負えない状況になってしまえば、他の愛護活動に支障がでるかもしれません。加えて、活動資金も潤沢な団体などまずないと思いますので、救いたくても救えないというジレンマも負担のひとつと思います。

動物を引き取った後の問題

多頭飼育の現場にいた動物を譲渡会等で引き取る飼い主側も大変な場合があります。

不適切な環境の中で飼養をされていた動物達は、健康面に問題を抱えていることも少なくありません。ワクチン接種のみならず病気の治療代が健康なペットよりかかることが考えられます。
例えば猫の場合、猫エイズや猫白血病のウイルスを持っていることもあるため、先住猫がいる場合、感染予防が必要な場合もあります。
また、譲渡の際、健康面のチェックがどこまでされているかは、譲渡元の愛護団体や愛護家の裁量によってしまいます。騙すわけではないと思いますが、検査結果を書面に記載しないこともあるでしょう。

猫風邪、ノミ・シラミ、寄生虫などは、ワクチン接種、駆虫薬による駆除が行われているかもしれませんが、猫エイズや猫白血病の場合、ウイルスの潜伏期間の関係で譲渡元でも検査されていないこともあると思います。
引き取った後に思わぬ治療費が必要になった、想像していた猫と違ったと思われる飼い主もおられるかもしれません。

救出された犬猫はその後どうなるのか

基本的には、譲渡。譲渡が適切でない動物は、殺処分もやむを得ない、といったところでしょう。

ただし、救出された動物達の全てが幸せになれたか、飼育環境が改善されたかというと簡単ではないのだと思います。

一例として、救出された犬猫のその後を報じたニュース等を見てみます。

どうぶつ基金「朗報!犬182頭飼育崩壊 譲渡先すべて決まる」

リンク先(どうぶつ基金HP)

島根県出雲市多頭飼育崩壊のケース。
30年以上続いた虐待飼育の中、生き残った犬の引き受け先が決まった(死亡した犬除く)という報道。
多くのご家庭や動物愛護団体の協力により、全頭の引き受け先が決まったとのことです。

動物愛護団体PETAによる動物の安楽死

リンク先(wikipedia)

「動物の倫理的扱いを求める人々の会」通称PETA(ピータまたはペタ)は、世界最大規模の動物愛護団体と知られておりますが、保護された動物の安楽死の数は、2012年で90%(犬猫1843頭のうち、1647頭)、2015年は72%(犬猫2063頭のうち、1502頭)という調査結果があります。

『安楽死』という言葉から、苦痛を伴う延命措置ではなく、耐え難い苦痛から解放する医療行為と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、終末期を迎えた患者(犬猫)に対する処置ではなく、老犬老猫、病気、狂暴、怖がりな犬猫を安楽死させていることで、多くの愛護家から反対の声が上がっています。

こちらのケースは、海外のものになりますが、国内の動物愛護団体でも管理できる頭数を超えて保護活動を行った結果、ネグレクト(飼育放棄による動物虐待)を引き起こし起訴され、有罪判決を受けるケースもあります。(京都府八幡市の神ボランティアと呼ばれる女性による動物虐待のケースなど)

多頭飼育崩壊で救出された以外の動物も多く含まれる事例ではありますが、動物愛護団体で保護されたとしても安楽死や動物虐待のようなことも起こりえるということです。

※PETAの安楽死は、愛護家からの批判の声が多数あるのを見聞きしますが、PETAの考えの一つに「ノーキルの弊害」というものがあるそうです。ノーキルを貫くことで安楽死より悪い結末が起こりえるという考えです。必ずしも面倒を見切れないから、お金がかかりすぎるから、ペットとして適さないからといった安易な判断で行っているわけではないことも事実かと思います。

行政の対応の難しさ

多頭飼育問題における行政の対応の難しさは、自治体のアンケート結果が参考になります。

令和元年度 社会福祉施策と連携した多頭飼育対策推進事業 アンケート調査報告書(単純集計・クロス集計)【概要版】
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/renkei/r01_04/mat02_2.pdf

グラフの画像

70%を超えている項目を以下に列挙しました。

85.6%:多頭飼育者が生活に困窮しており、引取りや不妊去勢の手数料を支払えない
82.4%:多頭飼育者が動物の所有権を手放さない
75.2%:多頭飼育に関する情報が入ってこない
74.4%:多頭飼育者とのコミュニケーションができない
70.4%:人員が不足している

お金がない、手放さない、話し合いに応じないといった多頭飼育者側の問題、自治体側の情報収集の仕組みの問題、人員不足の体制の問題が多く挙げられました。

お金の問題

不妊去勢手術に関しては、自治体によっては補助金を出しているところもありますが、飼い主のいない猫を対象(飼い猫は対象外)にされている場合もあり、制度を利用できない場合があります。

所有権の問題

動物の所有権については、猫の飼い主が当然有しています。日本国憲法第29条1項にある通り「財産権は、これを侵してはならない」と定めており、飼い主の合意なく動物を保護したり引き取ったりできません。動物に執着したり、殺処分を恐れて固辞すれば、いざ引き取ろうとしても難しくなります。仮に飼い主が認知症であっても所有権が失われることはありませんので、難しい対応になると考えられます。

情報収集の問題

多頭飼育に関する情報不足は、今に始まったことではないと思いますが、そもそも動物の飼育者がどんな動物を何頭、何匹飼っているかは、把握することをしていませんでした。
犬については、狂犬病予防法に基づき自治体への登録手続き(鑑札と注射済票)が必要です。この情報から犬の飼育頭数については把握することも不可能ではないでしょう。
しかし、猫については、自治体への登録手続きなどはありませんので誰が何匹飼っているかはわかりません。

多頭飼育者に対しては、多頭飼育の届出を条例で義務化されるところも増えてきました。(概ね10頭以上飼われる場合に届出義務が生じる。(6頭以上とする自治体もある※例、石川県))
また、自治体の条例化でなくとも、動物愛護管理法第9条に『多数の動物の飼養及び保管に係る届出をさせることその他の必要な措置を講ずることができる。』とあります。届出制度自体はやりようがあるため情報収集が必要となれば届出の義務化を進める自治体が増えると思います。(問題を起こす飼い主が届出をするかという疑問は残りますが)

ただ、ここで言う「情報が入ってこない」はそういう意味ではないかもしれません。昔はもっと情報が入ってきたのに今はあまり入ってこない、といった肌感覚の話であれば、社会構造の変化によるものかもしれません。

一昔前は、近所付き合いも今よりあったから問題になる前に地域で対応を取られていたとか、自治体の職員の耳にも入って来たとか。
昔は猫の放し飼いが自由だったおかげで、数が増えてきたら近所の人が気付いたとか。

地域社会の希薄化+室内飼いが主流になったことで、どこの誰さんが動物を飼っているかはわからなくなってきていると思います。特に猫やウサギなど外で散歩をさせる必要のない動物はごく近しい人しかわからないかもしれません。

動物愛護管理法第25条の勧告・命令のハードル

動物愛護管理法第25条では、多頭飼育で問題を生じさせている飼い主に対し、勧告・命令を課すことができるとされていますが、実際に執行されるケースはほとんどありません。
おそらくですが、動物虐待と思われるケースであっても勧告・命令を課すことはされていないのが実態で、そう簡単にはいかないのだろうと思います。

ではなぜ簡単にはいかないのか?

前述した財産権の法的ハードル。動物の所有権は飼い主に在り、日本国憲法の三つの基本原理の一つ、基本的人権として私有財産は保障されることを宣言されています。動物愛護管理法第25条に則り、飼い主に勧告・命令ができるとして、動物達を保護すること(飼い主から財産を没収すること)までは容易ではないと考えられます。
また、仮に動物を保護できたとして、保健所や動物愛護センターで全ての動物を面倒見きれるかという問題。数十頭、時には百頭を超える動物の保護は、はたして可能でしょうか?対応される職員であればそれが困難であること、一時的に保護はできても殺処分扱いになることが分かっていれば、勧告や命令を行って飼い主から動物達を取り上げるのは心情を考えても難しいのだと思います。多頭飼育の問題の対処は迫られますが、保護をできても当てがなければ法に基づく対応であってもできないのだと思います。


以上になります。
多頭飼育の問題の複雑さや背景にある根深さ、影響の大きさ、苦慮される行政の対応を見てもわかる通り、問題になる前に対応することが大事なのがわかります。
環境省の多頭飼育対策ガイドラインでも早期対応が重要であり、予防や探知といったところに力を入れて取り組む姿勢が見られます。

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のらねこらむプロフィール

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のらねこらむ管理人

2017年4月に新居へ引っ越した直後から野良猫に悩まされる。
日々、野良猫との領地争いを繰り広げています。

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当サイトの情報が皆様の野良猫対策の助けになれば幸いです。
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