パピーミル=仔犬工場。ペット用の犬猫を劣悪環境で大量繁殖させているブリーダーのことを指します。ご存知の方はニュースなどで摘発されている様子などを見聞きされていると思います。
一部の悪徳業者が利益最優先で犬猫の健康を省みず、工場のように大量生産して売りさばく結果の悪行です。そして、ネット上に散見される動物愛護団体や動物愛護家、元ペットショップの店員などによれば、ペットショップの犬猫の多くがパピーミルで産まれているそうです。例えば、以下のような意見です。
「ペットショップがいつでも子犬や子猫を展示できるのはパピーミルで大量生産されてるから」「生後8週齢の子犬や子猫を常に展示できるのはパピーミルがあるから」「犬猫を大事に育てるブリーダーは無理な出産はさせないから一年で作れる数は限られる(供給が追い付かないはず)」「全国にそんなにたくさんのブリーダーはいないので足りなくなってしまうはず」「まともに育てていたら飼育費用がかかるから利益にならない。だから劣悪環境で大量生産して利益を得ている」
これらを根拠にペットショップで販売される子犬や子猫は、多くがパピーミルから来ていると考えているようです。
ただし、証拠を裏付けるものはなく数字的根拠も示されていません。例えば、全国にそんなにたくさんのブリーダーはいないという意見もありますが、令和2年4月1日時点の動物取扱業者の登録・届出状況(環境省資料)では、繁殖業者の登録数は12,949件です。また、ペットショップの登録件数が16,679件。ペットショップの数に対して繁殖業者の数が極端に少ないということはないようです。
本当にペットショップの子犬や子猫達は、劣悪環境で大量繁殖された子ばかりなのでしょうか?
ペット流通の現状やペットショップへの問い合わせなどを踏まえ、ペットショップとパピーミルについて考察してみました。
▼目次
- ペットショップの犬猫仕入れルート
- ペットオークションの犬猫管理の取組み
- ペットショップへの問い合わせ「親犬、親猫に会わせることはできますか?」
- ペットショップの回答は妥当?動物愛護管理法より確認
- 新聞等メディアに取り上げられた繁殖業者の事件数
- ペットに関するトラブルは増加傾向
- 改正動物愛護法の頭数制限で13万頭に保護が必要?
- パピーミルから成り立っているとまでは言えないのでは
ペットショップの犬猫仕入れルート
ペットの流通ルートは、大きく分けると3パターンになります。
ブリーダー -> ペットオークション(競り市) -> ペットショップ -> 飼い主ブリーダー -> ペットショップ -> 飼い主ブリーダー -> 飼い主
上記の三つの他にも卸売りのような中間業者を介すケースや移動販売といった方法もあります。
ペットショップの仕入れ元をみると主には、ペットオークション(競り市)とブリーダーからの直販という形になります。これらのうちパピーミルの問題でよく取り上げられるのがペットオークションです。様々なブリーダーが子犬や子猫を持ち寄って行われる競り形式の売買によるものです。
なぜ、ペットオークションに持ち寄られる犬猫のことをパピーミルで生産されたと考えるかというと、ブリーダーの素性を隠して売買できるからです。オークション会場では取引される犬猫自体を見ることはできますが、繁殖現場は見られることなく取引ができます。もし、ペットショップがブリーダーから直接買いつけているとしたら繁殖場を見られてしまいます。このためパピーミルのような劣悪環境で育った犬猫は引き取りません、むしろ動物虐待で通報されるリスクすらあると考えられるからです。
仮にペットショップで生体販売される犬猫の多くがパピーミルから来ていると考えた場合、太い仕入れ元であるペットオークションの犬猫自体がパピーミルから持ち寄られたということになります。
では、ペットオークションで扱われる子犬や子猫の健康面などで問題が起きることはないのでしょうか?
ペットオークションの犬猫管理の取組み
ペットオークションで扱われる子犬や子猫の管理がどのように行われているかを確認してみます。
ペットオークションの主催者側も問題のある犬猫が含まれていれば、補償や返金の対応を迫られます。加えて、その数が多ければ客離れにつながり落札金額も低くなってしまうリスクがあります。このため、ペットオークションでも生体のチェックは必ず行っています。
例えば、日本最大規模と言われるプリペットオークションでは、毎週2,000頭を超える犬猫が取引されています。こちらに出品される生体は、生体一頭ごとに獣医師等による診断と審査官による審査が行われます。また、生体にウィルス性疾患などの問題があった場合は返品が可能です。生体保証、血統書保証があり安心してオークションに参加できる仕組みを整えています。
他にも、一般社団法人日本ペット用品工業会の活動レポート(2020年1月発行)では、関東ペットパーク(毎週600~700頭の取引)の見学会のレポートを閲覧することができます。-> https://www.jppma.or.jp/_files/about/jppmabrief_2020A4.pdf
資料の中で出品される犬猫の健康管理体制について詳しく記されておりますが、遺伝病検査(全頭パルボウイルス検査)、生体健康チェック(獣医師による診断)、基本検査(体重・頭部・四肢・胸部・腹部・尾部・体毛・皮膚の状態チェック)、マイクロチップとワクチン接種(希望に応じて)などが行われていることが分かります。
ペットオークションでは、生体の健康管理を独自に構築し、コンプライアンスを順守するだけでなく厳正なチェックをされているところもあります。もちろん、どんな繁殖場で産まれた子なのかをチェックする機能は見受けられません。このため健康体の子犬や子猫の中にパピーミルから来た子も含まれる可能性はあります。
しかし、ペットオークションからペットショップを経て、飼い主が迎え入れる子犬や子猫の中に、健康問題を抱えている子の割合を極力減らす努力は垣間見られるのではないでしょうか。
ペットショップへの問い合わせ「親犬、親猫に会わせることはできますか?」
さて、ペットショップの子犬や子猫がパピーミルから来ているかどうかは、ペットショップに直接話を聞けば早いわけです。
おたくの犬猫は、パピーミルから仕入れてるんですか?
と。もう少しオブラートに包めば、どのような繁殖場で育てられていますか?繁殖場を見学することはできますか?など。しかし、こうした質問をしたところで回答が得られないばかりか怪しまれるのが関の山でしょう。少し質問内容を変えてみることにします。
「お迎えしたワンちゃんをお父さん犬、お母さん犬に対面させてあげることは可能でしょうか?」
ペットショップで販売中の子犬や子猫は、親犬、親猫に会わせることができますか?という質問です。いくつかのペットショップに問い合わせしてみました。回答は以下の通りでした。
I社 | 個人情報保護の観点からブリーダーの所在地等の情報を弊社から回答する事ができかねます。 |
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A社 | 回答無し |
K社 | 法人向けのブリーダー様がほとんどなため、弊社よりブリーダー様の情報(住所、連絡先等)をお伝えすることは出来ない為、ご要望をお受けする事は出来かねます。 |
C社 | ブリーディング施設やブリーダー様の情報はお伝えすることができません。 |
※企業名は伏せてさせていただきますが、ペットショップを運営する企業のうち売上高のTOP10に入るペットショップに問い合わせしています。
このような回答となりました。4社中3社がほぼ同じ内容の回答というのも興味深いところですが、不満の残る回答だと感じられるかもしれません。
ペットショップの回答は妥当?動物愛護管理法より確認
ペットショップの回答が妥当なものかを確認するために動物愛護管理法を確認してみましょう。
動物愛護管理法 第二十一条の四には、販売に際しての情報提供の方法等が明記されています。-> e-GOV 法令検索 動物の愛護及び管理に関する法律-> https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=348AC1000000105
第二十一条の四 第一種動物取扱業者のうち犬、猫その他の環境省令で定める動物の販売を業として営む者は、当該動物を販売する場合には、あらかじめ、当該動物を購入しようとする者(第一種動物取扱業者を除く。)に対し、その事業所において、当該販売に係る動物の現在の状態を直接見せるとともに、対面(対面によることが困難な場合として環境省令で定める場合には、対面に相当する方法として環境省令で定めるものを含む。)により書面又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)を用いて当該動物の飼養又は保管の方法、生年月日、当該動物に係る繁殖を行つた者の氏名その他の適正な飼養又は保管のために必要な情報として環境省令で定めるものを提供しなければならない。
少々長い文面ですが「当該動物に係る繁殖を行つた者の氏名」の情報提供が必要であると明記されています。さらに、対面説明が必要な内容は18項目に分けられており、以下環境省HPで確認することができます。-> https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/pickup/list_18.html
こちらの項番14には、
繁殖を行った者の氏名又は名称及び登録番号又は所在地(輸入された動物であって、繁殖を行った者が明らかでない場合にあっては当該動物を輸出した者の氏名又は名称及び所在地、譲渡された動物であって、繁殖を行った者が明らかでない場合にあっては当該動物を譲渡した者の氏名又は名称及び所在地)
とあり、繁殖を行った者の氏名又は名称及び登録番号又は所在地を情報提供する必要があるとされています。書面上では業者の氏名や名称より登録番号を記載することが多いかもしれませんが、登録番号は自治体で公表されているところも多いです。調べれば繁殖業者の名称や所在地が分かると思います。
ここまでを踏まえるとペットショップの回答は少なくとも不十分であると言えると思います。正しく回答するなら「ブリーダーの紹介や仲介はできないが、販売時に書面で氏名又は名称及び所在地(もしくは登録番号)を提供しているのでご確認の上、直接お問い合わせください」といった内容が妥当なところだと思います。
あえてペットショップ側をフォローするなら、販売時の対面説明や書面には登録番号を記載しているので、ブリーダーの住所や連絡先等は明かしていないというスタンスなのかもしれません。
とはいえ、個人情報保護法を盾に情報提供できないとするのは、動物愛護管理法の理解が不十分と言えるでしょう。
新聞等メディアに取り上げられた繁殖業者の事件数
少し話がそれましたが話を元に戻します。別の観点からパピーミルが全国的に散見される状態であるのかを新聞等メディアで取り上げられた件数で確認してみます。
件数確認のために環境省の資料を参考にします。環境省の動物愛護に関する報告書には「動物の遺棄・虐待事例等調査報告書」があります。
環境省HP「動物の愛護と適切な管理」パンフレット・報告書等に掲載
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/pamph.html
パンフレット・報告書等 -> 動物愛護管理法 報告書等
令和4年度動物の虐待事例等調査報告書平成30年度動物の虐待事例等調査報告書平成25年度動物の虐待事例等調査報告書平成21年度動物の遺棄・虐待事例等調査報告書平成19年度動物の遺棄・虐待事例等調査報告書
こちらの報告書では、過去の判例及び新聞報道された動物虐待事例を一件ずつ要約しリスト化されており、総数は以下の通り。
判例及び新聞報道された動物虐待事例の総件数
新聞報道 | 551件 |
---|---|
裁判判例 | 80件 |
※動物に関する事例集計のため、犬猫以外の動物も含まれます。※新聞報道の集計期間は、2003年~2017年。※裁判判例の集計期間は、1974年~2018年になります。
この中から動物虐待または遺棄に該当し、かつペットショップまたは繁殖業者、引取業者が関わった事件の件数をカウントすると以下の通り。
ペットショップまたは繁殖業者、引取業者が関わる件数
新聞報道 | 30件 |
---|---|
裁判判例 | 1件 |
※動物に関する事例集計のため、犬猫以外の動物も含まれます。
具体的な手口としては、ネグレクト(給餌不足、放置等の劣悪環境下での飼育)、遺棄、虐待、多頭飼育、殺傷といった内容が含まれます。このうち判例の一件は、2009年の山形県寒河江市のハト殺傷事件によるものです。
さて、過去15年間を遡って新聞報道・判例を見て31件の結果となりましたが、本当にパピーミルと呼ばれる程の劣悪環境の繁殖場が全国にいくつもあるような状況なのでしょうか?新聞報道された事例のみの件数のため実態はもっと多いと言われればそれまでですが、新聞報道に至る程の悪質なケースは、過去15年間で31件しか起きていないとも言えます。
動物愛護団体や動物愛護家、元ペットショップの店員が主張する「ペットショップはパピーミルで成り立っている」「子犬や子猫の多くがパピーミルから連れて来られた」といったものの裏付けにはならないのも確かだと思います。
ペットに関するトラブルは増加傾向
独立行政法人国民生活センターによると年々ペットの相談件数が増加しています。
国民生活センター 相談事例 > 各種相談の件数や傾向 > ペット より-> https://www.kokusen.go.jp/soudan_topics/data/pet.html
PIO-NETに登録された相談件数の推移
年度 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 |
---|---|---|---|---|
相談件数 | 1,403 | 1,526 | 1,602 | 1,074(前年同期 1,118) |
※相談件数は2022年12月31日現在(消費生活センター等からの経由相談は含まれていません)
こちらで紹介されている最近の事例は、全てペット購入に関する相談内容が挙げられています。また、ブリーダーからのペット購入トラブルの増加も合わせて注意喚起されています。
国民生活センター 年々増加!ブリーダーからのペット購入トラブル-直接購入する場合に気を付けてほしいこと- -> https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20211125_1.html
PIO-NETにみるブリーダーが関連するペットの相談の年度別件数
年度 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 |
---|---|---|---|---|---|
相談件数 | 250 | 215 | 225 | 286 | 324 |
ブリーダーからのペット購入トラブルの増加の背景には、ブリーダー自身がHPやSNSを通じて販売をしやすくなったこと、ブリーダー紹介サイトが増えて飼い主がペットショップ以外からも購入がしやすくなったことが考えられます。
前述でペットオークションの健康管理について触れましたが、ペットオークションでは獣医師による健康診断が行われます。ブリーダーとしても自信を持って販売できる個体は問題ないと思いますが、少しでも健康面に不安を抱えている場合、ペットオークションでは健康診断で不適格とされる可能性が十分にあります。しかし、飼い主に直接売るのであれば獣医師による健康診断はありません。また、素人同然の飼い主が多いと考えると健康面に不安を抱えている子でもごまかして売り切ってしまうことが可能かもしれません。邪推をすれば、ペットオークションやペットショップに卸せない子を飼い主希望の方に直接販売されているケースが増えてきているのかもしれません。
改正動物愛護法の頭数制限で13万頭に保護が必要?
2019年の改正動物愛護法では飼養管理基準が設けられ、従業員数、飼育数、飼育施設などの数値規制が導入されました。現状は猶予期間を設けらておりますが、2024年6月(令和6年6月)に完全施行予定になります。
こちらの法改正に反対したのがペット業界、飼育者一人当たりの飼育頭数に関して反対意見が多くありました。
以下、全国商工団体連合会の「ペット業界の声届いた」(https://www.zenshoren.or.jp/2021/02/01/post-7734)の記事によると、
ペット業界から「13万匹以上のペットが行き場を失う」「犬猫の殺処分が増える」「業者が廃業に追い込まれる」など反対の声が広がりました。
とのこと。犬猫のペット流通量は年間おおよそ90万頭。上記の記事は2021年2月1日付のものですが、この時点でペット流通量の約14.4%が改正動物愛護法の飼養管理基準を満たせていない可能性があるということです。
飼養管理基準を満たせていない=パピーミルであるとは言えませんが、基準を満たせなければ動物取扱業の登録抹消もあり得ますし、悪質な場合は罰則規定の基づき百万円以下の罰金に処されることがあります。
パピーミルから成り立っているとまでは言えないのでは
ここまで様々な観点で確認をしてきましたが、ペットショップの犬猫の多くがパピーミルから来てると考えるには少し無理があるように思います。当然、最近でもニュースに取り上げられたアニマル桃太郎のような劣悪環境での飼育、無資格で帝王切開を行っていたなどのケースもありますが、悪徳業者と呼ばれる一部ではそうでしょう。
ペット業界に関わらずどの業界にも一定数の悪徳業者は存在します。だから仕方ないと言っているわけではありません。一部の悪徳ブリーダーを取り上げて業界全体の問題のように論じるのは、少し度が過ぎていませんか?ということです。
もし、ペットショップの犬猫の多くがパピーミルから連れて来られているとしたら、従業員から批判の声や内部告発が一部でしか上がってこないのはなぜでしょう?また、元従業員のご意見などもありますが、なぜ問題を把握されているのに告発しないのでしょう?少し疑問が生じてしまいます。