地域猫に車やバイクに傷を付けられた、花壇を荒らされた、糞尿被害に遭っている。
地域猫により自分の財産に損害が発生している、生活被害に遭っている場合、誰が責任を負うものなのでしょうか?
この責任の所在については、環境省の「住宅密集地における犬猫の適正飼養ガイドライン」でも明確にされておりません。
地域の猫なんだからあなたも飼い主の一人。飼い主のいない猫が地域猫なんだから誰も責任なんて持てないでしょ。
という方もおられますが、根拠のない答えを知りたいわけではありません。法律の観点、判例、環境省の考え方など客観的に物事を整理しまとめました。
- 民法で定められた内容。第七百九条、第七百十八条
- 地域猫の所有者、占有者は誰なのか?
- 裁判判例①野良猫への餌付けで55万円の損害賠償
- 裁判判例②加藤一二三氏の裁判。慰謝料204万円
- 地域で合意して地域猫活動を行っている場合、損害賠償請求できるのか?
- 環境省、役所の見解「地域猫活動の責任の所在について」
- 損害賠償請求するなら相手方に損害を認識してもらう必要がある
民法で定められた内容。第七百九条、第七百十八条
損害賠償請求を考える上で、どういった法律に抵触するのかを確認します。
民法https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089
民法
(不法行為による損害賠償)第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(動物の占有者等の責任)第七百十八条 動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。2 占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。
第七百九条と第七百十八条の大きな違いは、
第七百九条は、加害者の「故意又は過失」があること第七百十八条は、「その動物が他人に加えた損害」であること
要するに「故意又は過失」があることを証明する必要がある。と「その動物による損害」であることを証明する必要がある。
この立証責任に違いがあります。
もっと簡単に考えると
第七百九条の故意又は過失について、故意に被害を起きるように地域猫を被害者宅へ押しかけさせた。ということはないでしょうから、過失があるのかというところです。過失とは、問題が起こると分かっていたのに、十分な注意を払わなかった。ということになりますが、これを証明するのは簡単ではありません。加害者に不注意があったことを証明しないといけませんが、具体的に証明する客観的材料を出すことは容易ではないでしょう。
一方、第七百十八条は、その動物がやった事を証明すればいいのですから立証のしやすが全然違います。
それからもう一つ。最も基本的で大原則とも言える法律。
日本国憲法
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
私達国民の一人一人が「健康」で文化的な最低限度の生活を営む権利を有しています。また、国は公衆衛生の向上及び増進に努めなければなりません。
猫アレルギーや猫が持つ人畜共通感染症などで、健康を脅かされていることがあれば、これまたおかしいことなのです。
地域猫の所有者、占有者は誰なのか?
第七百十八条では、「動物の占有者」または「占有者に代わって動物を管理する者」が責任を負う。とあります。
この「占有者」とは何者かというところ。
民法
(占有権の取得)第百八十条 占有権は、自己のためにする意思をもって物を所持することによって取得する。
意思を持って「所持」法律における「所持」に関して、wikipediaに以下の通り記載があります。
民法民法において所持とは財物(特に動産)が事実上ある人の意志によって支配下にあると認められる状態にあること。占有の一つの条件でもある。
刑法刑法において所持とは財産に対して事実上あるいは法律上支配している状態である。民法では所持は占有の一つの条件であったが、刑法においては同義とされる。
民法 第百八十条 にあるように「自己のためにする意思」をもってものを所持すること。すなわち、事実上、人の意思によって支配下にあると認められる状態であること。と解釈できます。
また、動物は法律上、有体物として動産に含まれています。(民法 第八十五条)他人が飼っているペットを傷付けてしまった場合は、「器物損壊罪」に問われるということです。
ここまでを踏まえて、地域猫の占有者について考えてみると、
地域が意思をもって物(野良猫)を所持(事実上の支配下)に置いている。
と取れなくもありません。
一方で、動物愛護の観点から考えてみましょう。
動物の愛護及び管理に関する法律では、
第一章 総則(目的)第一条 この法律は、動物の虐待及び遺棄の防止、動物の適正な取扱いその他動物の健康及び安全の保持等の動物の愛護に関する事項を定めて国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵かん養に資するとともに、動物の管理に関する事項を定めて動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害並びに生活環境の保全上の支障を防止し、もつて人と動物の共生する社会の実現を図ることを目的とする。
(基本原則)第二条 動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。2 何人も、動物を取り扱う場合には、その飼養又は保管の目的の達成に支障を及ぼさない範囲で、適切な給餌及び給水、必要な健康の管理並びにその動物の種類、習性等を考慮した飼養又は保管を行うための環境の確保を行わなければならない。
動物の愛護及び管理に関する法律https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=348AC1000000105
地域猫を動物愛護に基づいた活動とするのであれば、「何人も」が対象であり、「所有者や占有者」に係るところではありません。つまり、所有者のいない猫=所有者、占有者のいない猫に対しての地域の取り組みである。とすることもできます。
しかし、地域猫の扱いを考えてみると、不妊・去勢手術を行い、給餌や糞尿の始末を地域(コミュニティ)で、労力と費用をかけて行っている(飼育している)という実情があります。
裁判の場でどのような判断が下されるかはわかりませんが、地域猫活動の実情次第では、占有していた。と判断をされるケースも十分あり得ると思います。
裁判判例①野良猫への餌付けで55万円の損害賠償
2015/9/17 損害賠償請求事件 福岡地方裁判所
判例「平成26年(ワ)第1961号 損害賠償請求事件」, 2015年9月17日, 裁判所 COURTS IN JAPAN(最終閲覧日:2019年4月2日)
事案概要
損害賠償160万円の請求を申し立て。
- 野良猫への餌付けにより、糞尿の被害を発生させた。
- 行政機関の指導に従わず、必要な環境の確保を行わなかった。
判決
損害賠償55万円の支払いを命じた。
- 原告住民の自宅の庭に入り込み排泄するなどし、原告は庭の砂利の入れ替えを余儀なくされた。
- 近隣住民への配慮を怠り、生活環境を害したと結論付けた。
主文では、
「餌やりをすれば本件野良猫が居着くことになることや、その結果として近隣に迷惑を及ぼすことは十分に認識し得たはずである」「近隣住民に配慮し、糞尿被害等を生じさせることがないよう、餌やりを中止し、あるいは、本件野良猫について屋内飼育を行うなどの措置をとるべきであった」
としている。
この判例は、地域猫に対してのものではなく、野良猫に対する餌付けである。しかし、餌やりに関して、以下のことを裁判所が認めたというケースです。
- 餌やりをすることで、近隣に迷惑を及ぼすことは十分に認識し得える。
- にもかかわらず、近隣への配慮や糞尿被害等を生じさせないための措置を取らないことは、故意または過失である。
また、この餌やり行為の過程で、途中、行政機関の指導が入っていたこと、被害が及んでいることを認識した上で改善措置を行わなかった点も判決の判断材料の一つでしょう。
裁判判例②加藤一二三氏の裁判。慰謝料204万円
2010/5/13 猫への餌やり禁止等請求事件 東京地方裁判所
判例「平成20年(ワ)第2785号 猫への餌やり禁止等請求事件」, 2010年5月13日, 裁判所 COURTS IN JAPAN(最終閲覧日:2019年4月2日)
事案概要
損害賠償645万円の請求を申し立て。(住民17名)
- 野良猫への餌付けにより、糞尿、悪臭の被害を発生させた。
- 住宅管理規約に違反する。
判決
損害賠償204万円の支払いを命じた。
- 洗濯物への異臭の付着、庭が荒れる被害が認められた。
- 住宅管理組合側は餌やりの中止を求めたが、受け入れなかった。
- 住宅管理規約に、動物飼育禁止条項、迷惑行為禁止条項があり、野良猫への屋外給餌は管理組合規定違反である。
- 給餌・給水を止めることは虐待にあたり、動物愛護法に反する。と主張したが、野良猫に対する餌やりを中止しても同条項は適用されないと判示された。
主文による経緯として、
平成14年5月に、少なくとも18匹の猫に対して餌やりを開始。平成15年、被告とは他に餌やりを行っていた者が不妊去勢手術を施す。被告も費用を負担した。平成19年5月、本件タウンハウスの区分所有者の総会で、被告に対し猫の飼育を中止するよう求めることを決議し、被告に中止を求めた。平成19年9月、動物愛護センターより数回、被告に対する指導を試みた。平成19年10月、被告の餌やりが継続し、悪質化しているとして、三鷹市長及び三鷹警察署長に対して,事態改善に関する要望書を提出。平成19年11月、被告による猫用トイレの設置、糞尿の始末、パトロールを実施。(判決では、対応が不十分とされた)
また、こちらの判決では、
「住みかまで提供する飼育の域に達している」
と判断している。また、不妊去勢手術を行い、当初18匹の猫が、4匹減ったこと。譲渡やトイレの設置、糞尿の始末などを行う行為は、
「地域猫活動の理念に沿うものになってきた」
ともある。
こうした判断を鑑みるに、地域猫活動(不妊去勢手術、譲渡、糞尿の始末、近隣への配慮)を行っている場合でも、地域住民の合意を得ておらず、独自に善意で活動をしているだけの場合は、問題が発生した際、その活動家が責任を取る必要がある。
と、言えると思います。
加えて、野良猫に対して餌やりを中止しても動物愛護法違反に当たらない。とする判示は、
動物の愛護及び管理に関する法律第6章 罰則 第44条第2項 愛護動物に対し、みだりに給餌又は給水をやめることにより衰弱させる等の虐待を行つた者は、50万円以下の罰金に処する。
この条項は適用されない。ということです。
地域で合意して地域猫活動を行っている場合、損害賠償請求できるのか?
以上の裁判判例から、地域住民の合意を得ていない、地域猫活動による問題は、活動家が責任を取る必要があることがわかりました。
では、地域で合意して地域猫活動を行い、その地域猫による問題であった場合、不法行為である責任を問えるのでしょうか?
この場合、地域猫活動を行うことで、糞尿や鳴き声などの問題はしばらく続いてしまうことの説明はあったかもしれませんし、もしなかったとしても、すぐに猫がいなくなるわけではなく、寿命を全うして徐々に数が減らしていくことを想定していると思います。
これらを承知の上で、地域で合意して活動を行っていると考えれば、ある程度の被害については、十分認識の上で行われている活動と取れなくもありません。このため、ある程度の被害について、地域住民は受忍する必要がある。と管理人は考えています。
しかし、受忍や許容には、限度というものがあります。
限度を超えて被害を受けたり、想定外の深刻な被害、物理的な損害の他、健康被害に及んだり、深刻な感染症の疑いがあるような事態であれば、話が変わってくるとも考えています。
そもそも、「地域の合意」って、何をもって合意を得られたとするのか、はなはだ疑問です。
以下は、「地域の合意」について、まとめたものです。こちらもご参考になれば
環境省、役所の見解「地域猫活動の責任の所在について」
担当の職員により、多少回答に差はあるが、概ね以下のような回答でした。
「トラブルは、当事者間で解決をお願いします」
また、餌やりを継続してしていることは、その猫の飼育者(占有者)になる。という話を役所の職員に聞いたことがあります。
しかし、こちらも役所によっては、餌やりしているだけで飼育者と判断するのは難しい。とすることもあり、なんとも曖昧なものです。
環境省が公表している地域猫に関するガイドライン「住宅密集地における犬猫の適正飼養ガイドライン」でも、責任の所在を明確にしているものではありません。
やはり、責任の所在については、実際に裁判が行われて、その結果に基づいて一定の判断とするのが良いように思いました。(執筆時点2019.4.7 では、裁判所の判例検索をかけても地域猫に関する判例はありません)
損害賠償請求するなら相手方に損害を認識してもらう必要がある
前述、地域猫の所有者、占有者の判断は、難しいことを述べました。地域猫の占有者が定まらない場合、損害賠償請求の訴えは、民法 第七百九条 不法行為の責任を追及していくことになります。
この際、加害者の「故意又は過失」があることの証明が必要です。
「故意又は過失」を問うからには、問題が起こると分かっていたのに、十分な注意を払わなかった。
という事実関係を客観的に証明する必要が出て来ます。
ですので、問題が起こっている事実を相手に知らせる必要があります。この場合、相手が把握していたという事実を作る為に、
- 動物愛護センター、保健所の職員など公的機関の第三者より指導を行ってもらう。
- 被害に関して、内容証明郵便で告知する。
客観的に証明ができる方法は、上記のようなことが考えられます。(同時並行で行うのが良いと思われる)
さらに、相手側が問題を把握していた上で、改善措置を取らず、継続して猫の面倒を見ていた場合、故意または過失と判断される可能性が高まると思われます。
さて、この「相手」とは誰のことなのか?
ここが少々難しいところでしょう。いつも餌やりなど面倒を見ている地域猫活動家、猫ボランティア個人に対してなのか、その代表者や苦情・相談の窓口になっている所へなのか。
民法 第七百九条 不法行為に基づくなら、損害を与えている相手であり、民法 第七百十八条 であるなら、動物の占有者が相手になることでしょう。
地域猫を管理する自治会なのか、地域猫を推進する行政なのか、活動を行うその個人なのか
判断が難しいと感じた場合、弁護士や日本弁護士連合会が運営する「紛争解決センター」を利用し、専門家のアドバイスをいただくのが良いでしょう。事前に相談をしておくことで、解決する確率が高まると思います。また、証拠の集め方や被害額の算定方法など、アドバイスもいただけると思いますので、損害賠償請求を考えた場合は、早めに相談をしておくと良いでしょう。
また、他にも同様の被害に遭われている方がいれば、集団訴訟を行う手もあります。複数人いれば、あなたが持っていない証拠が見つかったり、訴訟費用を少なく済ませたりするなどメリットがあります。
以上になります。地域猫による被害に関する裁判判例は、管理人が探したところでは見つかりませんでした。今後、活動が拡大する過程で相応な被害に遭われる方は、やむなく訴えを起こすこともあると思います。有用な情報があれば追記をしていきたいと思います。