令和3年6月1日に施行された動物取扱業における犬猫の飼養管理基準は、施行からすでに3年近く経過しました。飼養管理基準の施行には超党派の多くの議員が協力し、動物愛護の精神にのっとり良い基準を模索した経緯があります。また、施行に先立ち当時の環境大臣である小泉進次郎氏は、『改善の意思のない事業者に対しては、勧告や命令にとどまらず、速やかに取消しや罰則、すなわちレッドカードを出していくことになる』と語りました。この背景には、これまでの幾度にわたる法改正にて動物取扱業に関する規定が追加・変更されてきたにもかかわらず、動物取扱業者による不適切な飼養等が見受けられ、速やかな改善が図られなかった経緯がありました。
では、飼養管理基準にはどのようなものがあるかについて触れてみると、以下の基準になります。
- 飼養施設、規模、設備の管理
- 飼養する人員数
- 飼養環境の管理
- 動物の病気の管理
- 動物の展示や輸送の方法
- 動物の繁殖回数や方法
- 動物愛護及び適正飼養の必要事項
これらに対して明確な数値基準を定め、自治体が悪質な業者に対してレッドカードを出していくというものです。自治体はこれまで明確な基準がなかったことで対応が困難だったという背景もあります。数値基準によって良し悪しの判断を明確にすることで業務停止処分や登録取消処分を出しやすくなったとも言えると思います。
なお、飼養管理基準の詳しい内容は環境省の動物の愛護と適切な管理のページで閲覧ができます。
飼養管理基準について(令和3年6月1日施行)
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/nt_r030601.html
また、動物取扱業における犬猫の飼養管理基準は段階的に施行中※です。新規事業者については令和3年6月をもって完全施行となっておりますが、既存業者に関しては第1種動物取扱業が令和6年6月から、第2種動物取扱業においては令和7年6月からが完全施行となります。
※従業員1人当たりが飼養保管する犬又は猫の頭数の上限を段階的に適用中
投稿時点では飼養管理基準の段階的施行中になりますが、現時点において犬猫の繁殖や販売業者に対しレッドカードは実際に出されているのかを確認しました。また、これらの数値基準は繁殖業者やブリーダー等、ペット業界から反対意見が出ています。この結果、段階的な施行となる経過措置が取られますが、その時にあがった反発の声は「13万匹以上のペットが行き場を失う」「犬猫の殺処分が増える」「業者が廃業に追い込まれる」といったものでした。これらを踏まえ、犬猫の殺処分数の推移や繁殖業者や販売業者の登録数の推移なども合わせて確認しました。
▼目次
- 悪質な業者に対してレッドカードを出すまでの流れ
- 行政による勧告、命令、立入検査、業務停止、登録取消、告発件数の推移(平成30年~令和4年)
- 動物取扱業者の登録・届出状況の推移(平成30年~令和4年)
- 犬猫の殺処分数の推移(平成30年~令和4年)
- 業者の改善が図られているのか、行政の対応が不足しているのか
悪質な業者に対してレッドカードを出すまでの流れ
飼養管理基準の施行により明確な数値基準が定められましたが、違反=すぐにレッドカード(業務停止や罰則)が出されるというわけではありません。以下は、環境省ホームページに掲載されている自治体の違反に対する処分のフローです。
「動物取扱業における犬猫の飼養管理基準の解釈と運用指針~守るべき基準のポイント~(令和3年5月25日掲載)」50ページ目
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/pamph/r0305a/full.pdf
少し見ただけでもかなりの段階を踏む流れになっているのがわかります。処分までの大きな流れを見てみると、
立入検査 -> 勧告 -> (勧告後)立入検査 -> 弁明の機会 -> 措置命令 -> 聴聞の実施(又は告発) -> 業務停止・登録取消 -> 告発(それでも従わない場合)
といった流れです。また、勧告や措置後の対応期限も目安で切られており、勧告後3ヶ月以内、弁明が2週間以内、措置命令後3ヶ月以内、聴聞の陳述書提出が1ヶ月程度、業務停止が6ヶ月以内の期限とされています。
以上のことから内部告発や獣医師などからの通報を自治体が受けたとしても、立入検査 -> 基準の違反が発覚 -> レッドカード のようなスピード感のある流れではないことが分かります。(最低でも数ヶ月、長ければ1年の経過措置)
では、実際にどのくらい立入検査や勧告、命令、業務停止等が行われているのかを見ていきます。
行政による勧告、命令、立入検査、業務停止、登録取消、告発件数の推移(平成30年~令和4年)
立入検査や勧告、命令、業務停止等の件数は、環境省の統計資料「動物愛護管理行政事務提要」の『動物取扱業等に対する行政による勧告、命令、立入検査、業務停止、登録取消、告発件数(都道府県・指定都市)』で確認できます。以下は、過去5年分を表にまとめたものです。(第一種動物取扱業・第一種動物取扱業であった者・第二種動物取扱業 に分かれている為、3つの表にしました)
環境省統計資料「動物愛護管理行政事務提要」
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/statistics/gyosei-jimu.html
第一種動物取扱業
年度 | 平成30年 | 令和元年 | 令和2年 | 令和3年 | 令和4年 |
---|---|---|---|---|---|
立入件数 | 22,078 | 22,270 | 18,778 | 20,701 | 25,919 |
立入施設数 | 18,333 | 18,708 | 15,403 | 16,288 | 21,493 |
勧告数 | 27 | 9 | 6 | 11 | 19 |
公表数 | – | – | 0 | 1 | 0 |
措置命令 | 1 | 0 | 2 | 0 | 1 |
業務停止命令数 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
登録取消命令数 | 0 | 0 | 3 | 2 | 1 |
告発(無届出業等) | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 |
※公表数の項目は、令和2年から追加されました。※各項目の正確な名称は、「法第24条第1項に基づく立入検査件数」「法第24条第1項に基づく立入検査件数(施設数)」「法第23条第1項・第2項に基づく勧告数」「法第23条第3項に基づく公表数」「法第23条第4項に基づく措置命令数」「法第19条に基づく業務停止命令数」「法第19条に基づく登録取消命令数」になります。※告発件数の項目は以前は無登録営業とその他で分けられていましたが、令和2年以降は無登録営業等に集約されています(令和元年までは0件のため表中も項目を集約しました)
第一種動物取扱業であった者
年度 | 令和2年 | 令和3年 | 令和4年 |
---|---|---|---|
立入件数 | 12 | 31 | 32 |
勧告数 | 0 | 1 | 3 |
措置命令 | 0 | 1 | 0 |
告発(無届出業等) | 0 | 2 | 0 |
※令和2年度以降に第一種動物取扱業であった者は項目が分かれています。※第一種動物取扱業の登録業者ではないため、業務停止命令と登録取消命令の項目がありません。無届・無登録営業者を分けて計上されているようです。
第二種動物取扱業
年度 | 平成30年 | 令和元年 | 令和2年 | 令和3年 | 令和4年 |
---|---|---|---|---|---|
立入件数 | 631 | 654 | 556 | 518 | 748 |
立入施設数 | 447 | 493 | 390 | 387 | 539 |
勧告数 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
措置命令 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
告発(無届出業等) | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
※第二種動物取扱業は届出制であり営利目的ではないため業務停止命令と登録取消命令の項目がありません。
第一種動物取扱業の立入検査数及び立入施設数は、令和4年に大幅に増加しました。考えられる要因として法改正後の初動の調査・現状確認によるものやコロナで一時的に滞っていた分の反動が考えられます。また、立入検査数は増えているものの勧告数が大幅に増えたというわけではないようです。件数や割合においても平成30年の方が多かったと言えます。加えて、措置命令・業務停止命令・登録取消命令・告発に至っては、数件ないし0件といった状況でした。
動物取扱業者の登録・届出状況の推移(平成30年~令和4年)
飼養管理基準の制定にあたっては、ペット業界から反発の声「13万匹以上のペットが行き場を失う」「業者が廃業に追い込まれる」がありました。現状は飼養する人員数に関して段階的に適用をされているところですが、令和6年6月の完全施行に際して廃業者の数が増えているのかを確認してみたいと思います。
動物取扱業者の登録・届出状況は、環境省の統計資料「動物愛護管理行政事務提要」の『動物取扱業者の登録・届出状況(総括表)』で確認できます。以下は、過去5年分を表にまとめたものです。
環境省統計資料「動物愛護管理行政事務提要」
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/statistics/gyosei-jimu.html
第一種動物取扱業の総登録数
年度 | 平成31年 | 令和2年 | 令和3年 | 令和4年 | 令和5年 |
---|---|---|---|---|---|
登録数 | 58,530 | 60,982 | 62,743 | 63,110 | 63,560 |
※登録数は、いずれの年度も4月1日現在のものとなっています。
以下は、総事業所数。
第一種動物取扱業の総事業所数
年度 | 平成31年 | 令和2年 | 令和3年 | 令和4年 | 令和5年 |
---|---|---|---|---|---|
事業所数 | 44,828 | 46,929 | 48,395 | 48,557 | 48,914 |
第一種動物取扱業の種別内訳
年度 | 平成31年 | 令和2年 | 令和3年 | 令和4年 | 令和5年 |
---|---|---|---|---|---|
販売(犬猫等販売業) | 16,335 | 16,679 | 16,845 | 16,887 | 16,812 |
販売(繁殖を行う者) | 12,730 | 12,949 | 13,046 | 13,101 | 13,267 |
保管 | 27,420 | 28,686 | 29,525 | 30,076 | 30,496 |
貸出し | 1,325 | 1,396 | 1,488 | 1,502 | 1,545 |
訓練 | 4,706 | 4,894 | 5,093 | 5,060 | 5,072 |
展示 | 3,807 | 4,073 | 4,140 | 4,051 | 4,121 |
競りあっせん業 | 26 | 28 | 34 | 31 | 29 |
譲受飼養業 | 177 | 178 | 205 | 225 | 241 |
飼養管理基準の施行によって「業者が廃業に追い込まれる」といった声もあったようですが、令和5年4月1日時点で見れば犬猫販売業はわずかに減少した以外は減るどころか増えています。基準に対応できているのか廃業の数より新規参入の数が上回っているのかはわかりかねますが、ペット業界が懸念した状況には陥っていない結果だと考えられます。
犬猫の殺処分数の推移(平成30年~令和4年)
飼養管理基準の制定にあたっては、ペット業界から反発の声「13万匹以上のペットが行き場を失う」「犬猫の殺処分が増える」がありました。影響の有無を犬猫の殺処分数で確認してみます。
環境省統計資料「犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況」
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/statistics/gyosei-jimu.html
年度 | 平成30年 | 令和元年 | 令和2年 | 令和3年 | 令和4年 |
---|---|---|---|---|---|
犬 | 7,687 | 5,635 | 4,059 | 2,739 | 2,434 |
猫 | 30,757 | 27,107 | 19,705 | 11,718 | 9,472 |
合計 | 38,444 | 32,742 | 23,764 | 14,457 | 11,906 |
犬猫の殺処分数は減少が顕著だと思います。法改正によって殺処分数が一時的に増加するといったことは令和5年3月31日時点のデータでは見られませんでした。※上記表の令和4年度の期間が令和4年4月1日~令和5年3月31日(2022年4月1日~2023年3月31日)
業者の改善が図られているのか、行政の対応が不足しているのか
令和5年4月1日時点のデータを見る限りでは、行政による勧告や措置命令、業務停止命令などが増加している傾向は見てとれません。また、第一種動物取扱業の総登録数も横ばいかわずかに増加が見られるといった状況で廃業に追い込まれている事態には陥っていないと思われます。法改正時の環境大臣であった小泉進次郎氏は、『改善の意思のない事業者に対しては、勧告や命令にとどまらず、速やかに取消しや罰則、すなわちレッドカードを出していくことになる』と仰っておりましたが、令和5年4月1日時点においてはレッドカードはほとんど出されていない状況だと思います。
動物取扱業における犬猫の飼養管理基準の完全施行は令和6年6月1日です。現時点でペット業界の改善が図られていると見たり、行政の対応が追い付いていないといった判断は早計と思いますが、今後の経過に要注目だと思います。