海鳥の楽園と呼ばれる天売島は、北海道北西部に位置する小さな島です。人口は約270人(令和2年時点)とも言われ、島の外周は11~12キロ程。自転車で一周できるくらい広さになります。
天売島では、1990年代から野良猫の増加が見られ、貴重な海鳥(ウミネコやウトウ)の減少が危惧されるようになりました。海鳥の生息数減少の要因として野良猫の増加が考えられ、様々な対策が行われておりましたが、現在は「天売猫方式」と呼ばれる野良猫対策を行い、成功事例として知られるところです。
楽観的に考えると「天売猫方式」を真似すれば、一定の効果が得られると思ってしまうものですが、天売猫方式を採用されている話はあまり聞きません。多くの自治体では地域猫を採用されていると思いますが、これも不思議な話です。(良し悪し、できるできないがあるのだと思います)
野良猫対策の参考に天売猫に関する様々な資料・記事を参照し、管理人の気になった点をまとめてみました。
▼目次
- 天売猫方式の概要
- 失敗に終わったTNR活動
- 対策は、全ての猫へ。天売島ネコ飼養条例
- 放し飼いが多い天売島の飼い猫
- 島民の問題意識は、海鳥への影響より生活被害
- 天売島ネコ飼養条例の反対派の意見は的外れ
- 野良猫が減ったらドブネズミが増えた?
- 何頭の野良猫が捕獲され、譲渡されているか?
- 譲渡会はどのくらい行われているか?
- 啓蒙活動が精力的
- 何人くらいが活動に参加しているのか?
- 天売猫の活動後、海鳥の数はどうなったか?
天売猫方式の概要
ざっくり流れをまとめると以下の通りです。
野良猫の捕獲↓島外搬出↓不妊・去勢手術↓馴化(人馴れの為の飼育訓練)↓譲渡会などでの譲渡
このような流れです。もっと簡単に考えると、野良猫は全て譲渡。飼い猫にするという対策だと思います。
失敗に終わったTNR活動
天売島の野良猫対策は当初、TNR活動を行っていました。1992年から5年間かけて212匹の猫を捕獲し、不妊・去勢手術を施して島内に戻しましたが、捕獲できず未手術であった猫同士の繁殖などにより、結局は野良猫の数の減少にはつながらなかった結果でした。
TNRを行い、自然減で野良猫をゼロにする対策は、前提条件に全ての野良猫の不妊・去勢手術を行うこと、捨て猫や流入してしまった野良猫を全て不妊・去勢手術することにあります。天売島のような他所の地域からの流入が少なく、人口からも捨て猫の数も限られるはずの島内でも、TNRによる自然減を対策とするのは難しいのがよくわかる結果だと思います。
対策は、全ての猫へ。天売島ネコ飼養条例
1996年にTNR活動は終了、その後、野良猫の増加が見られるようになり、野良猫対策を再開するのは、2010年頃。野良猫に関する島民アンケート、住民説明会を経て、2012年に天売島ネコ飼養条例を制定します。
対策は全ての猫を考えてとのことですが、この対応はもっともで飼い猫でも放し飼いをしていれば外での繁殖の機会があります。オスの飼い猫がメスの野良猫と繁殖すれば産まれてきた子猫は野良生活です。また、メスの飼い猫が外で出産して外で子育てすればそれも野良猫化する可能性が高いです。野良猫のみならず、飼い猫の不妊・去勢手術や室内飼いの協力は、必要なことであるのは確かでしょう。
野良猫対策を再開するにあたって、猫に関する条例を設けたことは、自治体の職員やボランティアとして携わる方が活動しやすい一面もあったと思います。
放し飼いが多い天売島の飼い猫
ところで、人口約330人(2016年時点)と言われる天売島です。飼い猫の数も限られていると思うし、その中で放し飼いされる方がどれほどおられるのか?ほとんどいなければ、放し飼いによる繁殖の問題は起こらないと思います。
飼い猫の数に関しては、『天売島のネコ問題』のサイトで一部触れられています。
①天売島ネコ飼養条例の制定の項より(飼い猫の登録(マイクロチップの挿入))
この結果現在のところ、島内で約30匹の飼い猫が登録されています。
天売島のネコ問題 – 取組み概要https://teuri-neko.net/about-us/outline/
また、放し飼いに関しては、2016年6月に北海道大学と酪農学園大学が行ったアンケート結果に以下の内容があります。(合計131件のアンケート結果)
●現在猫を飼育していると答えた人は19件(35匹)で、うち9割以上が飼い猫登録と不妊手術を行っています。●屋内だけで猫を飼われている方は17%で、多くの猫は屋外で飼われています。
天売猫だより – ノラネコ対策に関するアンケート結果http://teuri-neko.net/wp-content/uploads/2017/12/ceb2b5c9d220d815cca2b45614d9f524.pdf
2016年時点で少なくとも30匹以上の飼い猫がいて、完全室内飼いの猫は17%。
放し飼いの割合は、高いと感じる方も多いのではないでしょうか?
島民の問題意識は、海鳥への影響より生活被害
当然と言えばそうかもしれません。北海道大学、天売島海鳥保護対策委員会の面々の調査では、以下のような結果だったそうです。
多くの島民にとってのノネコ問題の焦点は畑や庭を荒らすとか魚を盗むといった生活被害への苦情が多く、海鳥の減少可能性などの生態系保全に関わる問題意識は低かった。
天売島ノネコ対策への合意形成に関する研究https://www.noastec.jp/kinouindex/data2004/pdf/02/02_04.pdf
海鳥の生息環境保護を目的とした天売島の野良猫対策ですが、島民の問題は生活被害への影響。2010年の野良猫に関する島民アンケートの実施から2012年の天売島ネコ飼養条例の制定まで、2年の時間を要しておりますが、目的や問題意識の隔たりが大きいことを物語っているのかもしれません。
天売島ネコ飼養条例の反対派の意見は的外れ
天売島ネコ飼養条例(の条文を閲覧できるページ)を探していたところ、「天売島ネコ飼養条例の第18条を削除するよう要望してください」という記事を掲載するブログを見かけました。やはり、条例制定を進める中で反対意見もあったようです。
天売島ネコ飼養条例の第18条というのは、以下の条文です。(例規集データベースより参照)
第18条 住民並びに天売島を訪れる者は、自ら飼養していないネコに対し、みだりにえさ又は水を与えてはならない。
この中で問題視されていたのが、「ネコに対し、みだりにえさ又は水を与えてはならない。」の部分です。理由としては、愛護動物である野良猫に対しての餌やりを禁止する法律はなく、憲法第31条に反する違憲行為もしくは抵触する行為となるとのことでした。
もちろん、この第18条が削除されることも内容を変更もされることもなく条例制定となるわけですが、この意見は曲解でしょう。条文中に「みだりにえさ又は水を与えてはならない」の文言はありますが、「餌やりを禁止」とは言っていません。住民であろうと観光客であろうと、みだりにでなければ餌やりをしても問題ありません。仮にお腹を空かせて弱っていそうな野良猫に餌を与えたところで何ら問題はありません。条文では「みだりに」餌や水を与えるな。と言ってるだけです。
この指摘では「みだりに」の意味の理解が不十分なのだと思います。例えば、動物の愛護及び管理に関する法律の罰則規定(第四十四条)に以下のような内容があります。
第四十四条 愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、五年以下の懲役又は五百万円以下の罰金に処する。
「みだりに」の文言を加えることで、保健所で殺処分を行っても罪に問われないように作られています。これを、殺すこと傷つけることは禁止、罰金や懲役刑。と読み間違えると保健所の関係者は業務の遂行ができません。
野良猫が減ったらドブネズミが増えた?
2013年から野良猫の捕獲と不妊・去勢手術。馴化と譲渡活動を推進されますが、野良猫の数を順調に減らせていた過程で、ドブネズミの被害が以前と比べて増加することがあったようです。因果関係については、はっきりとわかってはいないようですが、小笠原諸島の野良猫対策でも同様のことが起きています。小笠原諸島では絶滅危惧種の野鳥(アカガシラカラスバト)や固有種の野鳥(オガサワラオオコウモリ)保護のため、野良猫を本土に引っ越しさせるプロジェクトが2005年から開始されました。2010年に父島での本格捕獲が始まるとネズミの目撃数が増加し、農作物に被害を出すことがありました。同様のことが天売島でも起こったわけですが、公衆衛生上のことも考えると結局は住民の一人一人がネズミ問題に取り組まないといけないのだと思います。それに、どちらの島も元来は猫がいなかったわけで、それまでは自分達で何らかの対策をしてネズミ問題に対処してきていたわけですから。
なお、天売島ではネズミ被害による苦情が増えたため、野良猫の捕獲を一時中断することとなりますが、翌年には捕獲作業を再開させています。
何頭の野良猫が捕獲され、譲渡されているか?
天売猫の取組みについては、「天売島のネコ問題」のサイトで取り上げられています。サイトの更新が2018年までしかありませんので、その時点の情報となります。
平成27年11月現在で、133匹の野良猫を捕獲し、うち約100匹を島外搬出し、約60匹が飼い主に譲渡されています。
天売島のネコ問題 – 取組み概要https://teuri-neko.net/about-us/outline/
2014年(平成26年)から本格的な野良猫の捕獲と譲渡を開始されたとありますので、2年間の成果が上記のものと思われます。また、現在も引き続き活動をされており、現在ではさらに多くの天売猫が飼い猫になっていると考えられます。
譲渡会はどのくらい行われているか?
前述の通り2年間の活動の結果、約60匹が飼い主に譲渡されておりますが、譲渡会はどのくらいの頻度で行われているのでしょうか?これを確認するため、facebookの「天売島のネコ問題」アカウントで情報発信されているメッセージから2015年度の譲渡会の案内に関するものを抽出をしてみました。
2015年に開催(または参加)した天売猫の譲渡会
日付 | 譲渡会 |
---|---|
2015年1月24日 | 札幌譲渡会(ニャン友ねっとわーく) |
2015年2月8日 | ジョイフルAK屯田店 |
2015年2月22日 | 札幌譲渡会 |
2015年3月8日 | 天売ネコ譲渡会 in 羽幌 |
2015年4月17,18日 | 札幌譲渡会 |
2015年4月26日 | あにまるはあと動物愛護フェスティバル |
2015年5月17日 | わんにゃんフェスタ(石狩市役所前) |
2015年6月20日 | わんにゃんフェスタ@八軒 |
2015年7月19,20日 | 札幌譲渡会 |
2015年8月1日 | ジョイフルAK屯田店 |
2015年9月21日 | 札幌譲渡会 |
2015年9月20~26日 | 動物愛護フェス各地で譲渡会 |
2015年9月27日 | 酪農大イベントで譲渡会 |
2015年10月17日 | 札幌市動物管理センター八軒本所譲渡会(北海道わんにゃんレスキュー命のわ) |
2015年10月25日 | よりみちの駅フェスタ2015 |
2015年11月8日 | 盤渓譲渡会 |
2015年12月12,13日 | ジョイフルAK屯田店 |
2015年12月13日 | 札幌譲渡会 |
2015年12月20日 | 譲渡会(おそらく札幌) |
2015年12月26,7日 | 譲渡会(おそらく札幌) |
facebookの発信だけを拾っても2015年度で20回の譲渡会に参加されています。一年間にこれだけの譲渡会に参加するのはかなり積極的と感じる方も多いと思います。譲渡の多さは地道な努力の結果とも言えると思います。
啓蒙活動が精力的
天売島の野良猫問題に関して、啓蒙活動も盛んです。facebookの発信から2015年度の活動案内を抽出してみました。
日付 | 活動 |
---|---|
2015年3月7日 | 希少海鳥保全のための天売島のネコ対策(講演会) |
2015年4月24日~26日 | あにまるはあと動物愛護フェスティバル、パネル展と預かりボランティアの募集、羽幌町の物販 |
2015年5月4日 | 旭山動物園で春の企画展「天売島の海鳥とネコ」 |
2015年7月18日 | 天売猫と天売島の自然を学ぶミニツアー |
2015年6月24日 | 天売猫の取り組みの報告会 |
2015年9月20~26日 | 動物愛護週間に併せて開催される動物愛護フェスティバルにおいて、「人と海鳥と猫が共生する天売島」連絡協議会もブース出展し、天売猫の取り組みについて啓発を行う予定。 |
2015年10月20日 | 先日、札幌市内で「人と海鳥と猫が共生する天売島」連絡協議会の会議を行いました。 |
2015年10月25日 | よりみちの駅フェスタ2015その中で天売猫の取り組み紹介&預かりボランティアの説明会を行います。 |
2015年10月30日 | 11月1日 天売猫のお話しと見学会 |
2015年11月28日 | HTBノンフィクション 天売島の幸せ探し |
譲渡活動と合わせてみても相当な労力であることがわかります。
また、説明会、講演会といった活動以外にもfacebookの発信も内容もユニークだと思いました。保護されている猫達の名前ひとつをとっても熱意が伝わります。(ぷりぞう、テンちゃん、あかすけ、シャール、七之助、ミャオ、大福、なめこちゃん、リボンちゃん、てうりん、ごろ、カアウ、寅次郎、みかん、チョビ太、ひじき、チロル、はな、きゅうちゃん、リチャード、チョビ太、つぶ、やしち)
本当にたくさんの猫達の様子がわかるのもいいことだと思いました。
何人くらいが活動に参加しているのか?
はっきりと明記された資料は公開されていないと思いますが、環境省HPに天売島ネコ対策の取組みの報告資料に一部情報がありました。
〇馴化・海鳥センター、愛護団体、動物病院、酪農学園大学、旭山動物園・海鳥センター飼育ボランティア(登録 13 名)・預かりボランティア(登録約 40 名)
平成28年度 天売島ネコ対策の取組みについて 羽幌町町民課http://hokkaido.env.go.jp/wildlife/mat/h28umigarasu_nekotaisaku.pdf
馴化の対応に海鳥センター飼育ボランティアが13名、預かりボランティアが40名。捕獲作業や譲渡活動にも人は割かれますから、実際はもっと多くの人が携わっていると思います。本当に多くの方々によって取組みが行われているのがわかります。
天売猫の活動後、海鳥の数はどうなったか?
上のグラフは、天売島のネコ問題のサイトより引用の「天売島におけるウミネコの個体数」の減少を表したものです。本格的な対策を行う前の2010年までのグラフになりますが、活動が行われた結果、個体数はどの程度持ち直したのでしょうか?本来の目的が海鳥の保護だと思いますので、海鳥の数は戻ってきているのか気になるところです。(当該サイトにはその後の数の推移はない)
海鳥の増減の報告は、北海道海鳥センターのサイトで見ることができます。
令和元年度 国指定天売島鳥獣保護区における ケイマフリ等海鳥調査報告書 より以下引用。→ http://www.seabird-center.jp/keimafuri_2019.pdf
ウミネコの総営巣数
年度 | 総営巣数 |
---|---|
2000年 | 7,827 |
2001年 | 6,920 |
2002年 | 10,131 |
2003年 | 6,674 |
2004年 | 2,993 |
2005年 | 3,467 |
2006年 | 6,399 |
2007年 | 6,030 |
2008年 | 3,962 |
2009年 | 2,416 |
2010年 | 2,823 |
2011年 | 3,586 |
2012年 | 1,492 |
2013年 | 998 |
2014年 | 693 |
2015年 | 572 |
2016年 | 802 |
2017年 | 1,144 |
2018年 | 2,013 |
2019年 | 2,616 |
なお、この数値は、『1979-2017 年の記録は天売海鳥研究室(未発表), 2016 年のウトウの記録は生物多様性センター(2017),ウミスズメの記録は環境省北海道地方環境事務所(2018)を参照した。』とのことです。
三桁となってしまった2013-2016年の時期から比べれば、2019年には2010年頃の水準に戻ってきており、増加傾向が見られています。(30年前は10倍以上の総営巣数であったことを考えると未だ激減した状態)生息状況の改善はこれからなのだと思います。
以上、環境省 – 自治体 – ボランティア – 住民 と、多くの方々の協力があっての人と海鳥と猫の共生。相当の労力とそれを後押しする費用の捻出も相応でないと難しいと思いました。町の野良猫問題の場合、ここまでの労力とお金の捻出は難しいのが現実だと思います。(管理人)